わすれもの
「あっ!」
藤本の投げた球が吉澤の頭を超えていった・・・
フェンスに転がるボール
歓喜に沸くアメリカベンチ
グランドで泣き崩れる日本ナイン
4年前・・・オリンピック
決勝 日本×アメリカ
最終回
藤本の暴投で日本は負け銀メダルだった・・・
「やっぱり美貴の一言があの娘たちには特効薬になるよ」
吉澤はグランドのナインを見ながら藤本に語った
「もうみんなビクビクしちゃってダラシナイったらありゃしない
なんで私に最後まで投げさせてくれなかったの、よっちゃん」
藤本は監督になっても吉澤を“よっちゃん”と呼ぶ
「何言ってんの!
もう限界・・・高橋に代わって・・・
死にそうな顔で訴えてきたのはどこのどなたですか(笑」
吉澤は茶化しながら話続けた
「高橋の実力をいち早く見抜いたの美貴だったよね
負けず嫌いのあんたが高橋の投球には惚れこんだ
高橋がいるから自分は全力で投げられるって・・・」
藤本は照れ隠しに帽子を半かぶりで顔を隠した
「そんなよっちゃんもプレイングマネージャーとかっこつけて
正捕手の座を新垣に譲っちゃってるじゃない
あんなに現役にこだわってたのに・・・」
「新垣は投手を気持ちよく投げさせてくれるいい捕手だよ
私みたいに引っ張るタイプでなくいつでも冷静なゲームメイクをし
投手のことを一番に考えた配球をする
すぐにカッカするあんたにはうってつけの女房役だよ」
「ホント強いチームになったよ・・・
あの厳しい練習に耐えてきたんだから
よっちゃんのめざしてきたチームなんだから」
「誰一人として欠けてはいまのチームは無かったからね
あの娘たちがいたからここまで来れた
私のわがままにみんなついて来てくれてホント感謝してる
あの悔しさから始まったスタートだったから・・・」
・
・
・
「感謝するのはこっちだよ
あのときの忘れものを取りに来れたからね・・・」
「わすれもの?」
吉澤は藤本の顔をみた
「4年前の忘れもの・・・」
藤本はグランドのナインをみながら手で輪をつくり胸にかかげた
吉澤はにっこり微笑んだ
そして・・・
金属音とともに舞い上がった白球は久住のグラブに納まった・・・
・・・終わり